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三嶋暦は、かな文字で書かれた暦としては日本で一番古いものといわれています。
現存する最古の三嶋暦は、足利学校(栃木県足利市)にある周易古写本(重文)の表紙裏に使われている永享9年(1437)のものです。
暦作成は山桜の木を鑿で彫った版木に墨を塗り、馬楝で1枚ずつ摺っていました。
暦の形態には巻暦・綴り暦・略暦があり、巻暦は三嶋大社と江戸幕府への献上暦、綴り暦・略暦は民間に販売していました。価格は江戸末期の慶応3(1867)年に綴り暦が116文(約2,320円)、略暦が14文(約280円)くらいとの記録があります。
販売地域は中世から江戸初期までが最普及期で、東日本は三嶋暦だったようです。織田信長や徳川家康も使っていたと思われます。
三嶋暦は文字の美しさ、線の繊細さで全国に知れわたり、旅人の土産やお歳暮として喜ばれていたことが、三島宿・樋口本陣に残されている大名等の礼状からも推察することができます。


三嶋暦師の館

三嶋暦は三嶋大社の社家(しゃけ・三嶋大社の神職に従事する人々、またその住まい)である河合家が代々発行してきました。同家の伝承によれば、奈良時代後期の宝亀(ほうき)年間(770〜780)に、祖先が山城国(京都)賀茂より豆州三島に下り、その子孫の河合氏が代々暦を発行してきたとあります。奈良時代という起源は定かではありませんが、同家は明治18年まで頒暦(はんれき)に携わりました。
現在も残る河合家の家屋は、幕末に十里木の関所(静岡県裾野市)の建物を移築したものといわれています。三島市では、河合家から歴史ある建物を寄贈されたのを機会に、この建物を整備して暦の歴史や文化に親しめる場所(三嶋暦師の館)として活用することにしました。平成18年に国の登録有形文化財に指定されました。